2023.10.02
対談シリーズ
筑波大学 平岡孝浩 准教授×京都ノートルダム女子大学 石井浩子教授
子どもの目の健康を守るために必要な習慣・意識とは?
近視のメカニズムと子どもの視力を守るための習慣、
海外における近視予防の政策事例
外あそび推進の会事務局(以下、事務局):外あそび推進の会事務局(以下、事務局):まずは、自己紹介をいただけますでしょうか?
平岡孝浩准教授(以下、平岡先生): 私は筑波大学で近視の研究をしています。2002年にオルソケラトロジーの研究を始めて以来、多焦点コンタクトレンズやアトロピン点眼薬を使った近視の進行抑制に関するさまざまな臨床研究に携わっています。最近では、コンビネーションセラピー、つまり、いくつかの効果的な治療法を合わせてより強い効果を得ようという併用療法の臨床研究も行っています。また、近視のメカニズム解明に迫るため、脈絡膜という網膜の後ろにある膜に注目した基礎的な研究も始めています。他には、ジョンソン・エンド・ジョンソンさんにサポートをいただきながら、子どもの将来的な近視を予測するという研究にも取り組んでいます。
石井浩子教授(以下、石井先生): 京都ノートルダム女子大学の現代人間学部こども教育学科で子どもの健康や保育実習などの担当をしています。専門領域は保育学や幼児教育学で、以前、10年間ほど保育園や乳児保育園、夜間保育園に勤めていた経験を活かしながら、子どもの健康や生活習慣、生活リズムに関することを研究しています。主に保育園において、大人の就労の状況によって子どもが夜型の生活になっているというところに注目して、毎年、現場での調査を行ったり、大阪府で6万人規模の生活調査を行ったこともありました。また、子どもの生活改善のための啓発活動を行ったりもしています。
事務局:平岡先生、石井先生には、「外あそび推進の会」の設立以来、議員勉強会やワークショップ、シンポジウムなど様々な活動にご参画いただいております。これまでの活動を振り返られていかがでしょうか?
平岡先生:われわれ医師は、診療を通じて目の前の患者さんに治療を施すことはできますが、日本中のもっとたくさんのお子さまに対して、近視進行抑制のための治療法やメッセージを伝えられないかという思いを常々持っていました。「外あそび推進の会」の活動は、国の仕組みや政策を変えるはたらきかけをしたり、学校でのイベントを通じて教員に向けて啓発をするなどしていて、非常に戦略的で効果的な取り組みを行っています。今後も私ができることがあれば協力させていただきたいと思っています。
石井先生:これまで、日本の保育や教育の現場において、子どもの目の健康は見過ごされてきた部分もあったように思います。私自身が保育園に勤務していたころも、内科や歯科の検診はありましたが、視力検査は行っていませんでした。外あそびが子どもの近視の進行抑制や改善につながるということは、「外あそび推進の会」を通じて知り、子どもたちの目を守るために、親や保育者・教育者、国や地方自治体の意識を高めていく必要性を強く感じています。保育・教育の現場では、費用面や、外あそびをする場所の確保・工夫など頭打ちしてしまうところもありますので、外あそび環境の整備には国や地方自治体が動くことが必要です。これからも保育・教育の現場と国、地方自治体の協力を得ながら、外あそび推進のための活動を広めていければと思っています。
子どもの近視・そのメカニズムと生活環境
事務局:子どもはどうして近視になるのか、そのメカニズムについて教えてください。
平岡先生:正視*¹の目では、平行光線が入ってきた時、角膜と水晶体のところで光が屈折します。その結果、その光が網膜まで到達した際に、きちんと焦点を結びます。角膜と水晶体のカーブのバランスが取れていて、ピントが合った状態です。子どもは成長とともに目も大きくなっていき、前後に伸びます。眼球の長さである「眼軸長」が伸びていくと、ピントが手前に来ます。子どもの目は、角膜と水晶体の部分が扁平になっていて、屈折が弱まることでバランスを取り、眼軸長が伸びても正視を保てるのですが、読書やタブレット・スマホなどの利用で近くを見る「近業」の時間が長くなってくると、眼軸長が伸びやすくなります。その結果、手前で焦点を結ぶので、網膜のところでは光線が逆に広がり、ぼやけて見えてしまいます。一般的に、近視とはこの状態を指しますが、一番多いのは、小学校低学年くらいから眼軸長が相対的に長くなって進む近視で、これを学童近視と呼んでいます。
事務局:最近の近視の治療法についても教えてください。
平岡先生:近視には、環境要因の関与が圧倒的に大きいと言われています。もちろん遺伝が関わっているのは間違いないのですが、世界的に近視が爆発的に増加していることから、今は環境要因が大きいと考えられています。環境要因として、一つには、情報化社会によって、様々な端末が出てきて、近くを見る機会が増えたことです。コンピューターやテレビ、タブレット、スマホなどのスクリーンを見る時間、いわゆるスクリーンタイムが増えていること。もう一つは、外あそびの時間が減ったこと。例えば放課後も室内にこもっていたり、ゲームをしたり、ということが大きな原因だと考えられています。これらは治療の前段階のことですが、屋外活動を増やす、近くばかりを見ない生活に変えるといった、環境要因の整備がとても重要です。近視の治療法についてですが、きちんとした証拠が確認されているものとしては、オルソケラトロジーという矯正コンタクトレンズ、多焦点ソフトコンタクトレンズ、目薬の低濃度アトロピン点眼薬、そして、日本ではまだ使えませんが、海外では特殊なデザインのレンズを使った眼鏡による近視の進行抑制も始まっており、これらの4つが治療の柱となっています。最近では、レッドライトセラピーという、赤色光を使った治療法も出てきており、世界的に注目されていますが、こちらの効果はこれから検証されていく必要があるでしょう。
事務局:近視の進行抑制には環境を整えることが重要ということですが、ポストコロナの時代となり、子どものあそび方や屋内外での過ごし方にどういった変化がありますか?
石井先生:コロナ禍では家の中で遊ぶことが増え、教育的・知育的なもの、ダンスなど身体を動かすものであってもデジタルデバイスを通して行うもの、また、お絵描きやブロックあそびなど、室内での静かなあそびが増えていたようです。園の方では、コロナ禍でも、家の中ではできないことをしよう、外でしっかり遊べるようにしよう、と工夫をしながら活動してきましたが、やはり身体を十分に動かせていなかった分、コロナ以前に比べると、子どもたちが怪我をしやすくなりました。また、子どもも保育者自身も、外あそびのレパートリーが少ないことから、活発に遊べていないという状況もあります。最近では、熱中症警戒アラートや暑さ指数により外あそびができず、室内で体育用具を使ったり、ダンスをしたりして体を動かすといった工夫がされるようになってきました。
子どもの視力を守るための習慣・意識づけ
事務局:日本眼科医会では、「画面から30センチ以上離して、30分以内に1回は20秒以上遠くを見て目を休ませよう」というルールを推奨しています。近視の進行抑制に有効なこのルールについて、保育者や教育者の認知度はいかがでしょうか?
石井先生:園でのタブレットなどを使った保育・教育は、小学校や中学校に比べて進んでいませんし、様々な健康の問題がある中で、視力に関するルールの周知というのはまだ徹底されていないと感じます。一方、コロナ禍以降、家庭でタブレットなどを使う頻度が増えましたから、子どもの健康を考えた指導と同時に、保護者や保育者・教育者に、目のことや近視の対策、近視の進行抑制に効果があることについて伝えていく必要があると思います。園庭のない園もありますから、外あそびをいかに保育の中に取り入れていくかということを、各園で工夫して実践する、また保育・教育者指導者対象の研修に入れるなど、具体的な行動に結びつくように働きかけていく必要があると思っています。
平岡先生:以前から、近視は病気ではない、眼鏡・コンタクトで矯正すればよい、と言われてきましたから、「たかが近視」と考える保護者の方もまだまだ多いのではないでしょうか。ただ、近視を放置すると強度近視になり、成人になってから緑内障や網膜剥離、失明につながる病気のリスクが高くなることがわかっています。成人になってからの仕事や生活に支障が出てきますから、子どもの近視の進行をできるだけ抑制して、将来的に発症する病気を予防していくことが重要です。メディアなどを通じた情報発信や、国・行政がひとつの政策として広く啓発していくという大きな流れが必要だと感じています。
海外における子どもの近視予防の好事例
事務局:海外では子どもの近視予防対策が政策レベルで積極的に行われているとのことです。
平岡先生:一番有名なのは、台湾の「Tian-Tian 120 outdoor program」というプログラムです。毎日120分間外あそびをするという取り組みを政策として推進するもので、法律も改正し、体育の授業は週150分間、屋外で行うことを義務付けしています。この政策が2010年に発令されたその翌年から、それまでずっと右肩上がりで増えていた視力不良者が減少に転じ、減り続けているという結果が報告されています。この研究結果では、目安として1,000ルクスの明るさがあれば十分とされており、とにかく外に出れば、木陰でも曇りの日でもよいということです。シンガポールもとても努力をしている国で、2001年から国家近視予防プログラムを実施して、学校での定期的な視力検査とそのモニタリングを行っています。スクリーンタイムを削減するための啓発活動も行っていて、街中に「外で遊ぼう」というポスターが掲示されています。休日に公園に行くと、スタンプラリーをやっていて、スタンプを集めるとお菓子や景品がもらえるといったイベントがあったりするので、子どもたちが喜んで公園に遊びに行っていますね。こういったイベントに人件費の予算もつけて、国主導で取り組んでいます。中国もコロナ禍で近視が増えたことを問題視して、「12の指針」を発令し、国を挙げて近視の進行抑制に取り組んでいます。12の指針には、視力を保護するためのガイドラインや、ネット依存防止対策、学童近視研究分野の発展推進、目の健康に関する専門家の育成、約100億円の財政支援などがあります。また、WHOも、デジタルデバイスとの付き合い方についてガイドラインを出していて、例えば1歳未満の乳児にはスマートフォンなどのデジタルデバイスは使わせない、2歳を過ぎても可能な限りスクリーンタイムを避けて、3〜4歳でも1時間以内にしましょうといったことを提唱しています。
石井先生:日本の保育園や幼稚園では、プログラムの中に外あそびの時間が確保されるところがほとんどですが、外あそびが子どもたちの目の健康にも良く、近視の進行抑制になるということはあまり知られていません。平岡先生のお話しから、木陰でも曇りの日でも効果があるということですから、園庭のない園でも、テラスや軒下を活用するなど、各園の環境に合わせて、子どもたちを外に出す工夫が必要だということを伝えていきたいですね。
事務局:国や自治体のどういった関与が求められますか?
石井先生:歯科医や内科医については、各園に嘱託医がいて毎年検診をしています。眼科についても、国の補助などをいただいて全国の各園で確実に診ていただけるようにすると、子どもの近視や視力の低下についても早めに発見ができますし、保護者の意識も高まるだろうと思います。
平岡先生:国が政策で「2時間以上、屋外活動をしましょう」と決めて、教育の場で浸透させるのが一番いい方法だと思います。自治体単位や学校単位でできることもあるでしょう。例えば、体育のほか、社会科や理科も外でできるものはできるだけ外でやるなど、先生方が意識的に工夫して行う活動でもいいと思います。国レベルでのトップダウンが理想ですが、現場の小さな動きでも少しずつ大きくしていって、全国に広げていくような、両側面での努力が必要だと思います。
対談を終えて
平岡先生:外あそびがいかに子どもたちの目の健康にとって重要かということを少しでも多くの人に知っていただきたいと思っています。私はずっと、台湾・シンガポール・中国などの事例を挙げて、日本においても国や政策レベルで近視対策ができないかを考えているのですが、もう一つ重要なのは、保育・教育に携わる先生方に子どもの近視についてよく知っていただいて、現場でその対策を実践していただくことです。本日は、教育のスペシャリストである石井先生と対談できましたので、教育の場に還元していただければ非常に嬉しいなと思っています。
石井先生:平岡先生から、外あそびが近視の進行抑制に重要であると教えていただいて、改めて、外あそびの有効性を保育・教育の現場に伝えていかなければならないと思いました。私自身、これから先生や親になる学生たちに伝えていける立場にありますので、子どもの目の健康についての知識を広めていきたいと思います。