2023.09.25
対談シリーズ
慶應義塾大学 特任講師 四倉絵理沙先生×早稲田大学 前橋明教授
子どもの心身の成長を支える「外あそび」の効果とは?
子どもたちの近視の実態とライフスタイルとの関係
外あそび推進の会事務局(以下、事務局):外あそび推進の会事務局(以下、事務局):まずは、自己紹介をいただけますでしょうか?
前橋 明教授(以下、前橋先生):私の専門は公衆衛生・衛生学で、早稲田大学では「子どもの健康福祉学」「健康福祉指導法」といった講座を担当しています。乳幼児期からの身体の状況、体力や体温のリズム、運動量を測定したり、子どもたちの生活状況について、睡眠や食事、余暇時間の費やし方などを体系的に調査・分析して、研究を進めています。具体的には、生活リズムの研究、子どもたちの運動指導・指導法の研究、また、子どものあそび場としての園庭や公園の遊具づくり等も手がけています。中国や台湾などの海外でも、子どものあそびを指導したり、保育や体育の指導者の養成講座・講演会などを行ったりしています。
四倉絵里沙先生(以下、四倉先生):私は2010年に医師となり、今年で13年目です。現在は慶應義塾大学病院で眼科医師として働きながら、大学院生となった2016年から始めた近視の疫学調査・研究を現在も続けています。近視の疫学調査では、東京都内の幼稚園児や小中学生を対象にしたアンケート調査と、機器を用いた目の状態の測定を行い、その関連性を調べています。今年度分の調査をちょうど7月に終えたばかりです。
事務局:前橋先生には、「外あそび推進の会」の代表発起人として、設立以来、議員勉強会やワークショップ、シンポジウム等、さまざまな活動にご参加いただいています。
前橋先生:子どもが健全に育つための「外あそび」に必要な、あそび場という空間・あそびの時間・遊ぶ仲間、の3つの「間」である「サンマ」を、大人が大事につくっていく、そんな環境づくりを目指しています。日中にしっかり身体を動かすことが、子どもの脳や自律神経の働きにとって非常に重要なのですが、2003年頃から、この「間」がどこかしら抜けた状態である「間抜け現象」が進んでいます。これに歯止めをかけなくてはならない、この問題を先延ばしにすると、子どもたちがネガティブな方向に進んでしまうということで、「外あそび推進の会」を通じて、さまざまなご専門の方々と連携し、アプローチをしているところです。
子どもの近視やライフスタイルの現状
事務局:四倉先生、前橋先生の行っている調査からわかる、子どもたちの近視の実態やライフスタイルの状況について詳しくお聞かせいただけますでしょうか?
四倉先生:実は、日本における子どもの近視についての大規模な実態調査は、1999年に発表されて以来2000年代には行われていませんでした。そこで2016年、上司にお声がけいただいて、その調査に乗り出しました。1999年の発表内容は、12歳の子どもの近視の有病率について、1984年に約30%であったのが、1996年には約60%に増えていたというものでした。私が2017年に調査した結果では、小学1年生の近視の有病率が既に60%を超えており、私立中学生に至っては90%以上の子どもが近視であることが示されました。もともと、欧米人などに比べ、アジア人には近視が多い傾向があるとは言われていたのですが、約20年ぶりの調査により、日本の子どもたちにこれだけ近視が多いことがわかり、驚くべき事態となっていました。
前橋先生:子どもの生活の何が変わってきたか、というと、テレビゲームが流行り出した1985年以来ずっと、夜型化が進み、子どもたちは、寝るのが遅くなったことが挙げられます。生活調査からその要因の相互関係を見ると、就寝が遅くなることには、3つの引き金があります。1つにはテレビ・ビデオ視聴時間が長く、就寝が遅くなること。2つ目には、子どもたちの放課後などの午後の外あそび時間が非常に短く、体を動かしていないので疲れていない、だから夜も遅くまで起きているということ。3つ目は、共働き家庭の増加などで夕食の開始時刻が遅くなり、就寝時刻も遅くなっていることです。例えば、生活調査の中で実施している子どもの歩数測定調査では、保育園児は、朝9時〜夕方4時の間に、1985(昭和60)年~1987(昭和62)年では1万2千歩くらい動いていたのが、1991(平成3)年~1993(平成5)年になると7千から8千歩に減り、1998(平成10)年以降になると、5千歩台となっています。昭和時代の半分ほども動いていません。公園で子どもたちのあそびの実態調査を行っていますが、子どもたちが健康器具の上に座って、45分間ずっと、みんなでスマホをしているんですね。これでは体力もつきません。生活調査や現場での実態調査を通じてわかってきている子どもの特徴として、空間を認知する力が育たなく、左右の動きには慣れているけれど正面から飛んでくるボールを受け取れない「スクリーン世代」や、スポーツに特化した個別の身体の動かし方は知っていても、基本的な多様な動きができず、ふとした身体の動きがぎこちない「動きの偏り世代」が出てきています。
子どもの視力や生活習慣とコロナの影響
事務局:先生方はコロナの前後でも調査を行っています。比較して明らかになったこと等を教えてください。
四倉先生:2020年度は、コロナの影響で公立の1小学校のみの調査となりましたが、2019年度から2021年度と、コロナをまたいでの子どもの近視の状態の変化と、アンケートを通じて、外あそびの時間やテレビ・タブレット・スマホの視聴時間の変化について調査することができました。2020年度は、外出規制や休校、オンライン授業のほか、持て余した時間での動画視聴といったことから、近視は進むだろうと予想はしていたのですが、特に小学1〜2年生の子どもで顕著に増えていました。その調査結果を学校や保護者の方にもお伝えし、危機感を持って働きかけたこともあり、2021年度は同じ小学校において、子どもの近視の程度が少し緩やかになりました。アンケート調査では、外あそびの時間もコロナ前に戻ったという結果があり、1〜2年間という短期間で目の形や近視の度合いが変わったり、外あそび時間が増えると近視の傾向が改善されたりするということがわかりました。特に低年齢のお子さまについて、ダイナミックにそういう影響を受けやすいことがわかったことは、新たな知見です。
前橋先生:生活調査の方は、コロナの中でも協力してくれる園などで調査をしていました。コロナ以降、2020年・2021年の調査では、放課後の外あそび時間は、保育園幼児で平均8分、認定こども園幼児で平均14分、幼稚園幼児の降園後の平均外あそび時間は46分、小学校低学年では30分程度、高学年でも40分程度に減少していました。一方、テレビ・ビデオの視聴時間は、小学生が1時間半くらいで、中学生になってくると、スマホやパソコン等、他のツールも含めた総メディア利用時間は6時間から9時間に増え、ある中学校の1学年では8時間50分という結果もありました。他にも、体力低下の問題や「痩せ」「肥満」が増えて、「普通体型」の子どもが非常に少なくなってきています。昭和の頃は普通体型にあたる子どもが、小学生で85%くらいいたのが、今は50%程度です。生活習慣の観点から一番お伝えしたいのは、朝食をとることの大切さです。朝、食べると、日中しっかり動けます。しっかり動くと疲れるから、早く寝るんですね。早く寝ると早く起きて、お腹が空く…と、食と運動と休養とは、サイクルで繋がっています。これに排泄のリズムも関わり、生活習慣というものができあがります。どこかが崩れると、連鎖していきます。ただ、このリズムは連鎖しているからこそ、どこでもいいから1つ直すと、全面改善にもつながるということです。朝、カーテンを開けるとか、保育園への送迎を徒歩に変えるとか。お母さん・お父さんたちに、1つずつできる具体的な提案をしていかなくてはならないと考えています。
外あそびは近視を抑制する
事務局:四倉先生の調査では、外あそびが近視の進行抑制に有効であることを示されました。
四倉先生:はい、先ほどのコロナ前後を挟んでの調査結果から、外あそびの時間が増えたことで近視の子どもたちの数が減ってきた、近視の程度が軽くなってきたことがわかり、外あそびと近視とは密接に関連していることがわかりました。実は、海外では以前よりその研究が進んでおり、海外の2008年頃の研究でも、近くを見る時間が長くても、外あそびをしっかりしていれば子どもの近視の程度は軽くなるというデータがあります。近視は遺伝的な要素が考えられがちなのですが、ご両親が近視でも、1日2時間以上、外でしっかり遊んでいる子どもは近視になる確率が低く、ご両親が近視でなくても、外で遊ばない子どもは近視になりやすい、といったデータも出てきています。やはり外あそびの時間が、近視の発症抑制に、非常に大事なのではないかと考えています。日本は、他の東・東南アジア諸国と比較すると近視に対する取り組みが出遅れており、例えばシンガポールや中国・台湾では、机と椅子の高さや教室の明るさ、本と目との距離を30センチ以上に保つための指導など、政府主導の近視抑制の施策が行われています。最近では、外あそびの時間を増やすことにも積極的です。台湾では1日60分から80分くらい、朝の始業時間前や昼休みを長く取るなどの工夫をして子どもたちを遊ばせることで、国全体における近視有病率がぐっと減ったという結果が出てきています。
事務局:具体的に、外あそびの何が近視の進行抑制に有効なのでしょうか?
四倉先生:まだ研究の最中ではありますが、外あそびのさまざまな要素のうち、目には「光環境」が効いているであろうことがわかってきています。その中でも、私たちは光の波長、紫色の可視光である「バイオレットライト」の近視抑制効果に着目しています。ひなたで陽の光がさんさんとしている場所だけでなく、日陰でも近視抑制に十分有効な光が入ってくることが報告されておりますし、例えば、室内でも、窓を開けて、窓際で本を読んだり、作業したりすることでも効果があります。
事務局:外あそびは目の他にも、子どもたちの自律神経にも影響することがわかっていますよね。
前橋先生:子どもたちの生活に関する調査を通じていえることは、日本の子どもたちが抱えている学力・体力・心の問題は、乳幼児期から睡眠・食事・運動のリズムが崩れて、脳や自律神経の働きを悪くしていることが影響しているということです。自律神経の働きが低下すると、体温調節や脳内ホルモンの分泌の時間帯が乱れ、オートマチックに身体を守ることができなくなります。そうなると、意欲的な活動がしづらくなったり、勉強に専念できない、イライラする、カーッとなるといった心の問題にも繋がっていきます。生活習慣とリズムは、小さい時期に整えてあげたいですね。子どもたちには外で光の刺激を受けながら遊ばせよう、と心がける大人の意識が大事だと思います。また、「外あそびをしましょう」と言っても、今の子どもたちは外あそびのレパートリーをあまりもっていませんので、伝承あそびを教えたり、様々な身体の動かし方やノウハウを教えたりという指導者が必要です。外あそびの普及は、指導者養成とセットで行っていかなくてはならないと考えています。
事務局:生活習慣を乳幼児期から整えていくことが大切だということですが、近視の進行抑制についても同じことが言えるのでしょうか?
四倉先生:未就学児から小学校低学年の間に目の成長がぐっと進み、目の形も近視方向へ変わりやすいと考えています。今の医療ではまだ、変わってしまった目の形を元に戻すことはできませんので、その時期が目にとっても大切だということは共通していますね。積極的に外あそびをさせてあげたい時期です。
対談を終えて
前橋先生:四倉先生に教えていただきたいことがたくさんありますね。客観的な指標を用いて、近視の原因や対応策をみるツールも提供されているので、私たちも参考にさせていただきます。これからも子どもたちの健康を支えていただければと思います。私も、外あそびを通じて、子どもたちが運動の基本である「歩く」「走る」をしっかり行い、光の刺激も受けながら、友だちといっしょに社会性を育む、そんなあそび心のある生活を送れるよう、保護者や学校の先生方にしっかりと呼びかけながら、取り組んでいきたいです。
四倉先生:今日は前橋先生の大変貴重なお話を聞くことができました。ちょうど私にも幼稚園児の子どもがおり、一人の保護者としてとても勉強になりました。明日から一つずつでも、前橋先生のおっしゃった「連鎖」を断ち切れるようにしていかなければと思いました。