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震災や異常気象が各地で発生している今、ぜひご覧いただき、ご活用ください。
地震・津波から子どもの命を守るために
―幼児期から育てたい「災害を生き抜くからだの力」―
特定非営利活動法人
子どもの健全な成長のための外あそびを推進する会代表理事
子どもの健康福祉研究所所長・医学博士 前橋 明
(早稲田大学名誉教授)
はじめに 防災教育を「避難訓練」だけで終わらせてはいけない
地震や津波などの自然災害から幼い子どもの命を守るために、幼稚園、保育所、認定こども園などでは、様々な防災・避難訓練が行われています。「地震が起きたら机の下に入る」「頭を守る」「先生の話を聞く」「津波警報が出たら高い場所へ避難する」。もちろん、これらを子どもたちに知らせ、くり返し経験させることは大切です。しかし、私は、もう一つ重要な視点があると考えています。それは、「いざというとき、自分のからだを自分で守り、安全な場所まで移動できるだけの『からだの力』を、子どもたちは日常生活の中で身につけているだろうか」という視点です。
防災教育を、「災害が起きたときに何をするか」という知識や手順だけで考えるのではなく、「その行動を実際にできるからだを、日頃から育てる」ところまで広げて考える必要があります。

1.「知っている」ことと「できる」ことは違う
「地震がきたら、しゃがみましょう」と教えられていても、素早く姿勢を低くして、その姿勢を保てなければ、自分の身を守ることはできません。「津波がきたら、高いところへ逃げましょう」と知っていても、坂道や階段を一定時間、自分の足で登り続ける力がなければ、実際の避難は困難になります。「先生についていきましょう」と理解していても、大きな揺れや警報音、停電、周囲の泣き声などに驚いて動けなくなれば、普段通りの行動は難しくなります。
つまり、防災では、「知っている」→「判断する」→「からだを動かす」までが一つにつながって、初めて子どもの命を守る力になります。その意味で、幼児期の防災教育には、知識教育と避難訓練だけでなく、日常のからだづくりという視点が必要なのです。
2.幼児期に育てたい「8つのからだの力」
私は、地震や津波などの災害に備えて幼児期から育てておきたい力を、次の8つに整理したいと思います。

① すぐに姿勢を低くできる力
揺れを感じたり、大人から指示を受けたりしたとき、すぐに「しゃがむ」「伏せる」「頭を守る」といった姿勢へ移れる力です。単に「ダンゴムシのポーズ」を覚えるのではなく、自分のからだを素早く小さくし、危険から守る姿勢をとる身体能力が必要です。
② 転ばずに移動できる力
災害時には、いつもの園庭や廊下と同じ環境を移動できるとは限りません。段差、坂道、階段、狭い場所などでも、姿勢を保ちながら歩いたり走ったりするためには、平衡感覚、姿勢制御、足腰の力が求められます。
③ 転んだときに自分を守る力
子どもを守るために必要なのは、「絶対に転ばない子」にすることではありません。転んだときに手を出す。頭を守る。そして、自分で起き上がる。予期しない姿勢の変化に対応し、再び行動できるからだを育てておくことも大切です。

④ 歩き続ける・登り続ける力
特に津波からの避難では重要な力です。避難場所によっては、一定の距離を歩き、坂道や階段を登り続けなければならない場合があります。必要なのは「50メートルを速く走れる力」だけではありません。自分の足で移動し続けられる持久力と、坂や階段を登る足腰の力です。
⑤ またぐ・くぐる・よける力
災害時には、普段とは異なる環境が生じる可能性があります。自分のからだの大きさと周囲の状況を感じ取りながら、またぐ、くぐる、よける、方向を変える。こうした基本動作は、単なる運動技能ではなく、状況に応じて自分のからだを適応させる力でもあります。
⑥ 手でつかむ・身体を支える力
手すりにつかまる、斜面でからだを支える、四つ這いになる等、災害時には手や腕を使って、からだを安定させることも考えられます。ぶら下がる、登る、這う、押す、引く。こうした日常のあそびが、手や腕の力だけでなく、全身を協調させる力につながります。

⑦ 「止まる・聞く・動く」ができる力
ここは、とても重要です。災害時には、速く走れることが、必ずしも安全とは限りません。保育者から、「止まって!」「こっちへ!」「しゃがんで!」
と指示されたとき、
止まる → 聞く → 判断する → 動く という行動ができることが必要です。これは、運動能力だけではありません。自分の行動を調整する力、注意を向ける力、大人の指示を受け止める力を含んでいます。
⑧ 怖くても大人といっしょに行動できる力
災害時、子どもは恐怖や不安に包まれるでしょう。大きな揺れ、警報音、停電、周囲の大人の緊張、友だちの泣き声など。そうした非日常的な状況でも、信頼する大人を見つけ、その声を聞き、手をつなぎ、集団から離れず行動する。これは、筋力や運動能力だけでは説明できません。 身体能力+情緒の安定+信頼関係+自己調整力 を合わせた、まさに幼児期から育てたい「生きる力」です。

3.日常の「外あそび」は防災教育である
では、この8つの力をどのように育てればよいのでしょうか。私は、災害のためだけの特別な身体訓練を増やすことが答えだとは考えていません。子どもたちの日常には、すでに大切な教材があります。それが、外あそびです。子どもは外で、歩く、走る、止まる、しゃがむ、這う、くぐる、またぐ、登る、降りる、ぶら下がる、よける、転がる、起き上がる、といった多様な動きを経験します。坂道を登れば、足腰を使います。でこぼこの地面を歩けば、バランスをとります。木や遊具に登れば、手足を協調させます。鬼ごっこでは、走るだけでなく、止まり、方向を変え、相手や周囲を見ます。転べば、自分のからだを守り、そして、立ち上がります。こうして考えると、日常の豊かな外あそびは、体力づくりだけではありません。「予測できない環境の中で、自分のからだを調整する経験」そのものなのです。
だからこそ、私は、「日常の外あそびは、防災教育の土台でもある」という認識を、幼児教育・保育に携わる人々、そして、保護者や行政にも広げていきたいと思います。
4.「速く走れる子」を育てることが防災ではない
ここで誤解してはならないことがあります。防災のためのからだづくりとは、運動能力の高い子どもを選別したり、幼児に厳しいトレーニングを課したりすることではありません。競争でもありません。大切なのは、危険に気づく。止まる。身を守る。周囲を見る。必要な方向へ動く。そして、大人とともに安全な場所まで移動する。この一連の行動を支える「からだ」を育てることです。
したがって、「足が速い・遅い」という一つの物差しで評価してはいけません。一人ひとりの発達段階や身体状況に応じて、「その子が自分の命を守るために必要な力を、どこまで獲得しているのか」という視点が必要です。
5.津波避難では、「実際に歩けるか」を確かめたい
特に、津波の危険がある地域の幼児施設では、避難計画を紙の上だけで完成させてはならないでしょう。避難場所まで何メートルあるのか。坂道はあるのか。階段は何段あるのか。そして、何より、「この園の3歳児、4歳児、5歳児は、実際にそこまで自分の足で移動できるのか」を確認することが重要です。これは、子どもを試験するという意味ではありません。実際の子どもの姿から、避難計画そのものを検証するということです。途中で疲れる子が多いのであれば、職員配置や避難方法を見直す必要があります。年齢や発達によって自力避難が難しい子どもには、当然、大人による援助が必要です。とりわけ0~2歳児については、避難車、おんぶ、職員配置など、施設側の避難体制を十分に準備しておかなければなりません。子どもの身体能力を育てることと、大人が子どもの安全を保障することは、決して置き換えられるものではありません。両方が必要なのです。
6.これからの幼児施設に提案したい「3つの統合」
これからの幼児施設の防災教育では、防災訓練 × 基本動作 × 外あそび、 この3つを、一つにつなげて考えてはどうでしょうか。避難訓練の日だけ防災教育をするのではありません。毎日の散歩も防災教育。園庭の坂を登ることも防災教育。遊具をくぐることも防災教育。「止まって」の合図で止まるあそびも防災教育。転んで自分で立ち上がる経験も防災教育。そして、先生と手をつないで歩く経験も、また、災害時の安心と安全につながります。そう考えると、防災教育は、特別な日の教育ではなく、毎日の保育そのものの中に存在していることが見えてきます。
おわりに 「命を守れるからだ」をすべての子どもに
私たち大人は、災害そのものをなくすことはできません。しかし、災害が起きたときに、子どもの命が守られる可能性を高めることはできます。そのためには、建物や避難経路、防災用品などの「環境の備え」とともに、子ども自身の「からだの備え」という視点を加えていく必要があります。幼児期は、歩く、走る、登る、転がる、這う、止まる等、多様な基本動作を獲得していく大切な時期です。だからこそ、その発達を防災という視点からも、見直したいのです。
防災のためのからだづくりとは、速く走れる子を育てることではない。危険に気づき、止まり、身を守り、大人とともに安全な場所まで、自分のからだを運べる子どもを育てることです。そして、「防災訓練 × 基本動作 × 外あそび」を、幼児期から一つにつなげていく。これは、子どもたちを災害への恐怖で縛る教育ではありません。自分のからだには、自分の命を守る力がある。そんな力と自信を、毎日の楽しいあそびの中から、一人ひとりの子どもに育てていく教育です。
子どもの命を守る防災を、「災害が起きてから」の問題だけにしてはいけません。今日のあそびが、明日の命を守る。その視点を、幼児施設、家庭、地域、そして社会全体で共有していきたいと思います。
